あいらぶまいさん

育児・家事・仕事で怒涛のように日々過ぎていきますが。。。溺愛する息子2人の笑顔に癒されて、今日もママは頑張りマス☆

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流産という現実と向き合う。  

こんにちは。

前回は結構どんより系の記事で、すいませんでした。
とは言うものの、今回はその詳細書こうと思っているので
もしかしたらもっとどんより系になるかも。
避けては通れない表現として“血”とか“痛み”とか書いちゃうと思うので、
そういうのに引く方は今回はスルーしてください。長くなるし。
(まー、かなりあっさり終わってしまったので、個人的にはそんなグロテスクな表現にはならないと思いますが。。。)

ワタシも含めて、こういうのって自分に起こることがなければ
知らなくて良いことだと思うんですよね。
でも、その現実が今まさに突きつけられている人には何より有用な情報になったりする訳で。

幸か不幸か、今ってネットで情報が溢れているから、人様の経験(知識)も検索することで
知ったりすることが出来て、そういうの読んで不安になったり安心したりするんですよね。
(かくいうワタシも例に漏れず検索魔になって散々調べまくりました、この時。)

という訳でワタシの経験が参考になる方がいるかはわかりませんが
ひとつの情報として書かせていただきます。

*****   *****   *****   *****   *****   *****

多分最初に受診した時(3月18日)から、なんとなく不安だったんですよね、ワタシ。
先生に「胎嚢は見えるけど、ちょっと小さいから排卵遅れたのかも?」と言われたから。

排卵が二週間近く遅れた計算になるくらいの大きさにしか育ってなかった胎嚢。。。
ここ数年、遅れても一週間もずれることのなかったものが今回だけ??と不安を感じたのを
覚えています。
でも正常妊娠であることにホッとして、不安を掻き消そうとしてたのね。
それでも二週間後の検診までなんとなく不安でモヤモヤしてた。。。
ムスコちゃんの時は辛かった悪阻が今回は全くなかったのもその一因。

二週間後(4月1日、水曜日)の検診でエコーを見る時
“赤ちゃん、どうか姿見せてね!!”って心の中で願ってたけど、その願いは虚しく
「胎芽も心拍も。。。見えないね。。。」とお医者さん。
この時期(排卵が遅れてたとしても七週は過ぎている)に見えないと
流産の可能性を疑うらしく、でも出血もお腹の痛みも全くないワタシは
稽留流産かもしれません」と言われました。
胎嚢の大きさだけは6ミリから20ミリに成長してて、形も綺麗なままだったので
納得出来ない自分と、“やっぱりな。。。”と思う自分がいました。

翌週に再受診するように言われて帰宅。

そして週が明けて4月6日(月曜日)、やっぱり胎嚢の中には何も見えず。
それでも胎嚢はまだ形もしっかりしてて。でも大きさはもう測られませんでした。

もうこの時点では先生も自分も流産ほぼ確定ってわかってて、
でも万が一ってことで翌週に再々受診を勧められました。

で、ここからね。。。自然流産の経過書きます。

4月13日(月曜日)、少量の茶おりが出始める。
腹痛はないけどお腹になんとなく違和感を感じる。

4月14日(火曜日)、午前中から茶おりが少し出る。
21時頃鮮血あり(生理終わりかけのような感じ)。夜中は出血なし。腹痛もなし。

4月15日(水曜日)、朝から尿に鮮血混じる。日中は殆ど出血なし。
夜、20時頃から腰に鈍痛というか、生理が重い時のダルイ感じがあって
ふと野生の勘か「もうすぐ赤ちゃんおりてきちゃうかな。。。」と思う。

4月16日(木曜日)、午前3時20分頃多めの出血の感覚があって目を覚ます。
速攻お風呂場に行く。
下着を脱いだ瞬間にボトボトっと塊が排出された。
痛みもなく、出血といっても大した量じゃなく。
塊の一つはレバー状の、10㎝×7㎝くらいの大きさで、5㎜くらいは厚みがあるような
ボッテリしたもの。(実際測った訳じゃないし、記憶の中では。。。なので実際はもっと小さかったかもしれないけど)

もう一つの塊(?)は、半透明の膜で出来た丸い小さな。。。多分1㎝くらいのもの。
見た瞬間に胎嚢だって思いました。膜の中に赤ちゃんぽいのが見えるかなと思って
覗き込んだけど、何にも見えませんでした。

しばらくの間、何を考えるでもなく自分の体から出てきた二つの塊を
ただただ眺めてました。
その後も痛みや出血が酷くなることはなく、完全にワタシの妊娠は終了しました。

他の方々の体験談等を読むと、自然流産の場合の痛みや出血が大変だったと
いうのが多かったので、自分もそうなると覚悟してたのに。。。全然平気でした。
本当に、あっさり。
(この日の午前中病院行って、午後から普通に仕事したし。本当はダメなんだろうけど。)

でも、もし激痛だったとしても、もし大量出血だったとしても良いと思ってて。
それらに対する恐怖は不思議なくらいなかったのです。経産婦だからかもしれないけど。
ただただ、赤ちゃんとお別れすると考えるのが悲しくて寂しくて怖かったです。

実際にその流産が現実として目に見える形で起きた時、自分は驚くくらい冷静でした。
半月の時間をかけて少しずつ覚悟していったのね、きっと。

稽留流産かもって言われた時、とてもショックだったけど驚きはしなかった。
どこかで “あ、やっぱり。。。” と思っちゃった自分。
自分の体から出てくるまで、“赤ちゃんの生きる力を信じなきゃ!”と思いつつも
その奇跡が起きることを想像出来なかったワタシ。
薄情なのか、ネガティブ思考だからなのかはわからないけど。


余談ですが、赤ちゃんがまだお腹にいる頃に、ムスコちゃんが赤ちゃんに
つけてくれた名前がありまして。
今でもその名前を空に向かって呼んで話しかけたりしています。
傍から見たらただの怪しい人ですが。

1ヶ月経ったからって悲しみが消える訳はないし、まだ泣いたりもするけど
落ち着きました。
色んなこと考えたし、わかったことも色々ある。

今回生まれてこれなかった赤ちゃん、次こそは元気に生まれておいで。
その時の親がワタシじゃなかったとしても、この世に生まれて幸せになってほしいと
切に願っています。

ほんの少しの時間だったけど、あなたの母になれて幸せでした。ありがとう。

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妊娠発覚、そして稽留流産。  

こんにちは、ままみーです。

本日のタイトル、重い。
書こうとしている内容は、タイトルそのまんまですし。


このブログに書こうと思った理由は・・・色々ある。
色々あるけど、一番の理由は自分の気持ちを吐きだしたい。これに尽きる。
まだ気持ちの中で整理出来てない想いを活字にしてでも吐きだすことで
少しは落ち着けるかな、と期待したり。

もう一つはこのブログはムスコちゃんのこととか綴ろうと作ったブログなので
流産しちゃったけど、お腹に宿った命はムスコちゃんと同じ“我が子”な訳で。。。
ムスコちゃんの弟か妹になるはずだったこの子のことを、悲しいけど
なかったことにして通り過ぎるより、きちんと記しておくべきかなと思って。
自己満足って言われればそれまでだけど。所詮個人ブログだからそれでいいんだし。

*****   *****   *****   *****   *****   *****

2015年3月1日(日曜日)
検査薬、陰性。
凹む。

2015年3月13日(金曜日)
検査薬、陽性。
驚きMAX、喜びMAX。

2015年3月18日(水曜日)
病院受診。
胎嚢(約6ミリ)確認。
ちょっと小さめなので排卵遅れたのかも?と言われる。

2015年4月1日(水曜日)
二度目の病院受診。
胎嚢、20ミリ。

胎芽、心拍確認出来ると思ってドキドキしてたのに・・・
どちらも確認出来ず、稽留流産の可能性があることを伝えられた。
でもまだ可能性を信じて翌週受診するように指示される。

2015年4月6日(月曜日)
三度目の病院受診。
やっぱり胎芽、心拍確認出来ず。
でも出血も痛みも何もなく、念のため翌週再々検査?しましょうと。
(この時点で見る限りでは胎嚢の形も崩れてなかったです。)

2015年4月16日(木曜日)
明け方、03:20頃。
出血の感覚があって目を覚ます。
お風呂場に駆け込んだと同時に流産。

同日朝イチで病院受診。
お腹の中にはなんにも見えなかった。
お医者さんは
“今日初めての検査だったとしたら何が起きたのかわからない位きれいになってる”
とおっしゃってました。
ホッとしたような、寂しいような。
でも、2度目の受診以来約2週間かけて流産かもしれないという
現実と向き合って少しずつ受け止めていったせいか
体から胎嚢が出てきてしまった時も、きれいになってしまったエコーの画像を見た時も
驚くくらい冷静でした、ワタシ。

妊娠の週数すら言ってもらうことないまま、空っぽになっちゃいました。

赤ちゃん(の袋)がワタシの体とお別れをしてから昨日で7日が経ちました。
2枚のエコー写真を置いて、プリンとお水を供えて手を合わせました。
赤ちゃんが来てくれたことがわかる物、たった2枚の黒と白のエコー写真だけしか
残ってないんだなと、また悲しくなったりして。


まだ、ワタシが妊娠した意味も、赤ちゃんを失ってしまった意味もわからずにいますが。。。
流産までの詳しいお話はまた日を改めて。




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ムスコちゃん、入学の巻。  

おひさしぶりです、ままみーです。

我が家のムスコ殿、とうとう小学生になりました☆

新しいコミュニティの中で、本人なりに色々頑張っているようです。
今週からは毎日宿題も出ていて、保育園との違いを改めて実感したりしてます(苦笑)。

ワタシ自身、今月月初から色々あってバタバタしているのですが
なんとかやってます。なんとかなるもんなのね。

小1の壁にもぶつかりまくり、今でもこれで良いのかと色々悩みながらの日々ですが
まずはひとつひとつクリアしていくしかないなと。

ピカピカの一年生、期待と希望に胸弾ませて、というよりは
不安と心配と悩みとの格闘の日々。←ワタシは、ね。
でも、ムスコちゃんが毎日笑顔で過ごせるように、母も頑張ります。

毎日、彼が寝る前に“明日もムスコちゃんにとって楽しい一日でありますように”と
願って寝かしつけるのですが、昨晩初めて
“もう一人で寝られるからあっち(パパが寝ている寝室)に行って。”と言われました。
あー、もう一緒に寝られなくなるのか。。。とまた寂しく思ったり、成長を嬉しく思ったり。
まだワタシの方が色んな変化について行ってないのね。凹む。
とりあえず“せめて今月いっぱいくらい一緒に寝かせてよ。。。”と駄々こねてみました。←ダメ親。
(普通は逆だよね、と我ながらに突っ込みたくなります。。。さっさと子離れしなさいよ、と。)

いやーでも本当に子供は親が思うより早いスピードで大人になっていくんですね。
親離れ、加速してます。

小さな体で大きなランドセル背負って、新しい世界へと進んでいった
我が子の姿はを嬉しくもあり、寂しくもあり、でもやっぱり誇らしい、そんな気持ちに
させてくれます。

大きな病気もケガもなく、健やかに育ってくれて本当にありがとう。
入学、おめでとう。

産まれてきてくれて、ありがとう。
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3.11  

今日、yahoo!で“3.11”というキーワードで検索すると
1人につき10円がyahoo!検索から被災地の復興に携わる団体に寄付されるそうです。

自然災害の恐ろしさをまざまざと見せつけられた東日本大震災から4年。

当時まだ2才だったムスコちゃんも、もう6才です。

災害の恐ろしさと防災意識の必要性をきちんと伝えていかなきゃと思います。
もう理解出来る年だし。

地震も多いし、異常気象と言われる現象も多いから、とても不安。
有事の時に大切な存在を守れるように普段からの備えが必要。

防災グッズ、また見直そう。




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ひなまつりを忘れて母の愛を感じた話。  

ワタシの母の話。

ワタシが結婚して家を出てからもずっとワタシのお雛様を実家で飾ってくれてます。
毎年そのお雛様に会いにワタシも実家に遊びに行ったりしてたのですが
今年はなにやら色々忙しくって“ひなまつり”を忘れてた。。。

あっ!と思ったのはひなまつり当日で。。。
翌日朝一番で母にTELしたら、丁度お雛様を片付けている真っ最中でした。

ワタシ 「ごめん、今年はウッカリ忘れてたんだけど。。。お雛様出してくれてた?」
母 「大丈夫。ちゃんと飾ったよ(笑)。」
ワタシ 「せっかく出してくれたのに会いにも行かなくてごめん。。。」
母 「忙しいんだから仕方ないよ~。ちゃんと一体一体仕舞いながら〇〇(←ワタシの名前)を守ってくれて
    ありがとうってお礼言ってるから大丈夫だよ~。」

なんだかね、母の愛を感じましたよ。ウルッとしちゃった。
親にとってはいつまでたっても子供は子供なんだよね。

自分も親になって、改めて親の愛情に感謝したりしてる今日この頃です。。。


それにしてもウッカリ八兵衛な自分。反省。


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