あいらぶまいさん

育児・家事・仕事で怒涛のように日々過ぎていきますが。。。溺愛する息子2人の笑顔に癒されて、今日もママは頑張りマス☆

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流産後の経過  

こんにちは、ままみーです。

今回は、流産後のこと書きます。

前回書いたように、ワタシの場合はとてもすんなり“完全流産”となりました。
(不全流産の場合、自然流産でも手術が必要になるようです。)

担当してくださったお医者さんが、稽留流産の疑いありと診断したにも関わらず
全く手術の話とかしなかったので、ワタシからも敢えて聞くことないまま
自然流産を迎えたのですが、何故手術の可能性すら示唆しなかったのはわかりません。
(自然流産推奨派だったのか、それとも状況的に完全流産になる可能性が高いのがわかっていたのか??
はたまた、次に診た時も同じ状況だったら手術するって言うつもりだったのかな?)


「来週再々受診を」と言われて、ワタシは翌週の金曜日に受診の予約をとりました。
出来る限り受診を遅らすことで、その間に自然流産が起きるのを待とうと思って。
(正直、もう98%くらいは流産だってわかってたから。残り2%くらいは奇跡を願ってもいたけど。。。)

結果、手術の必要がないくらい子宮の中はキレイに空っぽになって。

ちなみに、茶おりから鮮血に変わり始めた頃に一度病院に状況を連絡して
どうしたら良いか聞いたら、“そのまま様子をみて、出血が酷くなったら夜中でも連絡
するように”とのことだったので、塊二つを排出した後、電話して午前4時半頃に
状況を報告すると朝一で受診するように言われたので、
塊二つ(→病理検査にまわされた。)も持参して病院へ行きました。

エコーの後、「手術は必要ですか?」というワタシの問に、
「すれと言われれば出来るけど(←意味不明)、この状況ならいらないと思うなー。」との答え。
まずはちょっと経過を見ましょうとのことで、次の受診は“連休(GW)明けに!”と言われ。
(あ、一週間後とかじゃないんだー。とか軽く驚きましたが。だって約一ヶ月ごですからー。)

その後一週間くらいは鮮血が時折出るくらいな感じで(と言っても少量)
それから一週間ほど茶おりが続いて、まれにトイレの後に血が少し出たりする程度。
5月に入ってピッタリ何にもでなくなりました。
体は多少ダルさはあるものの元気で、排出当日から普通に動いて仕事も出来るくらい
回復早かったです。(これは痛みも出血も殆どなかったおかげだと思うけど。)

で、GWが明けて病院へ行ってきました。

もう子宮もほぼもとに戻ってて、間もなく排卵間近ってな感じになってました。

あとは残存物がないかの確認も含めて子宮鏡検査をする予定。

あ。。。余談ですが、病理検査にまわされた塊二つ。。。胎嚢の中には既に赤ちゃんの
組織的な物は何も残っていなかったそうで。。。だからと言って他に何か有用な情報を
聞けたわけでもなく、特に詳しい説明もないままで終了。
結局病理検査とは言っても何を調べられたのか正直よくわかりません。
(でも病理検査費用はちゃんと請求されていたので、微妙な気分。)

でもとりあえずあと一回病院に行けば終わりそう。
まだちょっと、妊婦さんとか見るとズキッと胸が痛むので早く病院卒業したい(苦笑)。


今回、辛かったけど。。。仕事でちょっと気持ち紛らわせることが出来ました。
流産してショックを受けているワタシやムスコちゃんを心配して一緒に泣いてくれる
友人達の存在もとても有り難かったー。いっぱい話きいてもらったし。
余計なことは何も言わないし聞いたりもしないけどワタシの辛さをきちんとわかってくれた
両親にも感謝。そして何より。。。
「あかちゃんいなくなっちゃったけど、ママとあかちゃんと〇〇(←ムスコちゃんの名前)三人で一つだよね☆」
と言ってくれるムスコちゃんの存在に救われています。
流産の事実を伝えた当日は発狂して泣き叫んで、ワタシを散々罵倒したムスコちゃん。
でも泣き疲れてそのまま寝て、翌朝起きたら笑顔でワタシを慰めてくれた、ムスコちゃん。ありがとう。)



そんなこんなで、自然流産から一ヶ月。
ワタシもムスコちゃんも元気です。
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流産という現実と向き合う。  

こんにちは。

前回は結構どんより系の記事で、すいませんでした。
とは言うものの、今回はその詳細書こうと思っているので
もしかしたらもっとどんより系になるかも。
避けては通れない表現として“血”とか“痛み”とか書いちゃうと思うので、
そういうのに引く方は今回はスルーしてください。長くなるし。
(まー、かなりあっさり終わってしまったので、個人的にはそんなグロテスクな表現にはならないと思いますが。。。)

ワタシも含めて、こういうのって自分に起こることがなければ
知らなくて良いことだと思うんですよね。
でも、その現実が今まさに突きつけられている人には何より有用な情報になったりする訳で。

幸か不幸か、今ってネットで情報が溢れているから、人様の経験(知識)も検索することで
知ったりすることが出来て、そういうの読んで不安になったり安心したりするんですよね。
(かくいうワタシも例に漏れず検索魔になって散々調べまくりました、この時。)

という訳でワタシの経験が参考になる方がいるかはわかりませんが
ひとつの情報として書かせていただきます。

*****   *****   *****   *****   *****   *****

多分最初に受診した時(3月18日)から、なんとなく不安だったんですよね、ワタシ。
先生に「胎嚢は見えるけど、ちょっと小さいから排卵遅れたのかも?」と言われたから。

排卵が二週間近く遅れた計算になるくらいの大きさにしか育ってなかった胎嚢。。。
ここ数年、遅れても一週間もずれることのなかったものが今回だけ??と不安を感じたのを
覚えています。
でも正常妊娠であることにホッとして、不安を掻き消そうとしてたのね。
それでも二週間後の検診までなんとなく不安でモヤモヤしてた。。。
ムスコちゃんの時は辛かった悪阻が今回は全くなかったのもその一因。

二週間後(4月1日、水曜日)の検診でエコーを見る時
“赤ちゃん、どうか姿見せてね!!”って心の中で願ってたけど、その願いは虚しく
「胎芽も心拍も。。。見えないね。。。」とお医者さん。
この時期(排卵が遅れてたとしても七週は過ぎている)に見えないと
流産の可能性を疑うらしく、でも出血もお腹の痛みも全くないワタシは
稽留流産かもしれません」と言われました。
胎嚢の大きさだけは6ミリから20ミリに成長してて、形も綺麗なままだったので
納得出来ない自分と、“やっぱりな。。。”と思う自分がいました。

翌週に再受診するように言われて帰宅。

そして週が明けて4月6日(月曜日)、やっぱり胎嚢の中には何も見えず。
それでも胎嚢はまだ形もしっかりしてて。でも大きさはもう測られませんでした。

もうこの時点では先生も自分も流産ほぼ確定ってわかってて、
でも万が一ってことで翌週に再々受診を勧められました。

で、ここからね。。。自然流産の経過書きます。

4月13日(月曜日)、少量の茶おりが出始める。
腹痛はないけどお腹になんとなく違和感を感じる。

4月14日(火曜日)、午前中から茶おりが少し出る。
21時頃鮮血あり(生理終わりかけのような感じ)。夜中は出血なし。腹痛もなし。

4月15日(水曜日)、朝から尿に鮮血混じる。日中は殆ど出血なし。
夜、20時頃から腰に鈍痛というか、生理が重い時のダルイ感じがあって
ふと野生の勘か「もうすぐ赤ちゃんおりてきちゃうかな。。。」と思う。

4月16日(木曜日)、午前3時20分頃多めの出血の感覚があって目を覚ます。
速攻お風呂場に行く。
下着を脱いだ瞬間にボトボトっと塊が排出された。
痛みもなく、出血といっても大した量じゃなく。
塊の一つはレバー状の、10㎝×7㎝くらいの大きさで、5㎜くらいは厚みがあるような
ボッテリしたもの。(実際測った訳じゃないし、記憶の中では。。。なので実際はもっと小さかったかもしれないけど)

もう一つの塊(?)は、半透明の膜で出来た丸い小さな。。。多分1㎝くらいのもの。
見た瞬間に胎嚢だって思いました。膜の中に赤ちゃんぽいのが見えるかなと思って
覗き込んだけど、何にも見えませんでした。

しばらくの間、何を考えるでもなく自分の体から出てきた二つの塊を
ただただ眺めてました。
その後も痛みや出血が酷くなることはなく、完全にワタシの妊娠は終了しました。

他の方々の体験談等を読むと、自然流産の場合の痛みや出血が大変だったと
いうのが多かったので、自分もそうなると覚悟してたのに。。。全然平気でした。
本当に、あっさり。
(この日の午前中病院行って、午後から普通に仕事したし。本当はダメなんだろうけど。)

でも、もし激痛だったとしても、もし大量出血だったとしても良いと思ってて。
それらに対する恐怖は不思議なくらいなかったのです。経産婦だからかもしれないけど。
ただただ、赤ちゃんとお別れすると考えるのが悲しくて寂しくて怖かったです。

実際にその流産が現実として目に見える形で起きた時、自分は驚くくらい冷静でした。
半月の時間をかけて少しずつ覚悟していったのね、きっと。

稽留流産かもって言われた時、とてもショックだったけど驚きはしなかった。
どこかで “あ、やっぱり。。。” と思っちゃった自分。
自分の体から出てくるまで、“赤ちゃんの生きる力を信じなきゃ!”と思いつつも
その奇跡が起きることを想像出来なかったワタシ。
薄情なのか、ネガティブ思考だからなのかはわからないけど。


余談ですが、赤ちゃんがまだお腹にいる頃に、ムスコちゃんが赤ちゃんに
つけてくれた名前がありまして。
今でもその名前を空に向かって呼んで話しかけたりしています。
傍から見たらただの怪しい人ですが。

1ヶ月経ったからって悲しみが消える訳はないし、まだ泣いたりもするけど
落ち着きました。
色んなこと考えたし、わかったことも色々ある。

今回生まれてこれなかった赤ちゃん、次こそは元気に生まれておいで。
その時の親がワタシじゃなかったとしても、この世に生まれて幸せになってほしいと
切に願っています。

ほんの少しの時間だったけど、あなたの母になれて幸せでした。ありがとう。

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妊娠発覚、そして稽留流産。  

こんにちは、ままみーです。

本日のタイトル、重い。
書こうとしている内容は、タイトルそのまんまですし。


このブログに書こうと思った理由は・・・色々ある。
色々あるけど、一番の理由は自分の気持ちを吐きだしたい。これに尽きる。
まだ気持ちの中で整理出来てない想いを活字にしてでも吐きだすことで
少しは落ち着けるかな、と期待したり。

もう一つはこのブログはムスコちゃんのこととか綴ろうと作ったブログなので
流産しちゃったけど、お腹に宿った命はムスコちゃんと同じ“我が子”な訳で。。。
ムスコちゃんの弟か妹になるはずだったこの子のことを、悲しいけど
なかったことにして通り過ぎるより、きちんと記しておくべきかなと思って。
自己満足って言われればそれまでだけど。所詮個人ブログだからそれでいいんだし。

*****   *****   *****   *****   *****   *****

2015年3月1日(日曜日)
検査薬、陰性。
凹む。

2015年3月13日(金曜日)
検査薬、陽性。
驚きMAX、喜びMAX。

2015年3月18日(水曜日)
病院受診。
胎嚢(約6ミリ)確認。
ちょっと小さめなので排卵遅れたのかも?と言われる。

2015年4月1日(水曜日)
二度目の病院受診。
胎嚢、20ミリ。

胎芽、心拍確認出来ると思ってドキドキしてたのに・・・
どちらも確認出来ず、稽留流産の可能性があることを伝えられた。
でもまだ可能性を信じて翌週受診するように指示される。

2015年4月6日(月曜日)
三度目の病院受診。
やっぱり胎芽、心拍確認出来ず。
でも出血も痛みも何もなく、念のため翌週再々検査?しましょうと。
(この時点で見る限りでは胎嚢の形も崩れてなかったです。)

2015年4月16日(木曜日)
明け方、03:20頃。
出血の感覚があって目を覚ます。
お風呂場に駆け込んだと同時に流産。

同日朝イチで病院受診。
お腹の中にはなんにも見えなかった。
お医者さんは
“今日初めての検査だったとしたら何が起きたのかわからない位きれいになってる”
とおっしゃってました。
ホッとしたような、寂しいような。
でも、2度目の受診以来約2週間かけて流産かもしれないという
現実と向き合って少しずつ受け止めていったせいか
体から胎嚢が出てきてしまった時も、きれいになってしまったエコーの画像を見た時も
驚くくらい冷静でした、ワタシ。

妊娠の週数すら言ってもらうことないまま、空っぽになっちゃいました。

赤ちゃん(の袋)がワタシの体とお別れをしてから昨日で7日が経ちました。
2枚のエコー写真を置いて、プリンとお水を供えて手を合わせました。
赤ちゃんが来てくれたことがわかる物、たった2枚の黒と白のエコー写真だけしか
残ってないんだなと、また悲しくなったりして。


まだ、ワタシが妊娠した意味も、赤ちゃんを失ってしまった意味もわからずにいますが。。。
流産までの詳しいお話はまた日を改めて。




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